2020年 11月 14日

第1回 イタリア映画よもやま話

ティラミスをめぐる映画タイトルの攻防

「次はティラミスの映画をつくるよ」

 フェルザン・オズペテク監督が、東京で開催されたイタリア映画祭の舞台あいさつで、そんな冗談を放ったのは、『カプチーノはお熱いうちに』が全国公開される直前の2015年春だった。『カプチーノ~』は、イタリアに帰化したトルコ人監督オズペテクの代表作で、自分のカフェを開けるという夢を叶えた主人公エレナが、放蕩ものの夫や幼い子供たちの面倒をみる慌ただしい日々のなか、乳がんであることを告知されるというストーリーだ。原題の”Allacciate le cinture”は飛行機の搭乗時にアナウンスされる「シートベルトをお締めください」のことだ。意気揚々と進む飛行機が、不意に乱気流に巻き込まれることもある。それを映画のストーリー展開に重ね合わせたタイトルというわけだ。邦題は、エレナが働いているカフェから、「カプチーノ」という日本でもお馴染みのワードを抽出し、『カプチーノはお熱いうちに』にたどりついたようだ。

 さらにその前作、2010年の”Mine vaganti”では、原題の意味が「さまよう地雷」であるのに対し、邦題は『明日のパスタはアルデンテ』だ。地元を離れ大都会ローマでパートナーと暮らす同性愛者の主人公トンマーゾが、南イタリアの田舎町でパスタ製造工場を営む家族のもとに、カミングアウトするために帰郷するというストーリーだ。こちらの邦題では、どういうわけかパスタをアルデンテに茹でてしまった。実はこの二作、日本ではそれぞれ別の会社が配給を手掛けているのだが、邦題のセンスは踏襲されている。そんな邦題を受けてオズペテクが言ったのが、冒頭の冗談というわけだ。

突っ込みたくなる邦題はまだまだある。2016年のパオロ・ジェノヴェーゼ監督”Perfetti sconosciuti”。ある夜、ロッコとコジモ夫婦の家に集まった仲のいい3組のカップルとバツ一男。楽しい夕食会の他愛のない会話から、それぞれの携帯電話にかかってきた電話、受け取ったメッセージをすべて開示するというゲームが始まる。よく知っているはずの妻、夫、友人たちの秘密が携帯電話によって次々と暴露され、Perfetti sconosciutiつまり「完璧な他人」に思えてくる。緻密なシナリオが評価され、国内の映画賞を総なめにしたヒット作だ。日本で公開されたときのタイトルは『おとなの事情』。ここまではよしとしよう。ところが、全世界で共通するアクチュアルな主題が大いに受けた本作は、なんと13か国でリメイクされており、「最もリメイクされた映画」としてギネスにも認定されている。この韓国版リメイクの邦題が『完璧な他人』なのだ。イタリアから直輸入されたときは別タイトルだったのに、韓国経由だと、むしろ原題のままになっている。結局はタイトルをつける配給会社のさじ加減一つでどうにでもなってしまうのだろうか。

「それは言ってくれるな」という配給会社の心の叫びもよくわかる。シネコンの上映プログラムで、ハリウッドや国内アニメの人気作がひしめくなか、無名の現代イタリア映画で勝負するには、権謀術数を駆使しなければならない。かくして、舞台が風光明媚なイタリアだと理解でき、かつ耳馴染みのよいタイトルに行きつくのである。事実、地名を冠にした邦題も多い。『歓びのトスカーナ』(原題は『狂気の喜び』)、『ローマに消えた男』(原題は『自由万歳』)などなど、枚挙に暇がない。それほどまでに、映画を売る側はシビアなのだ。そしてイタリア映画ではないが『天使にラブソングを』(原題は『修道女言行録』)など、邦題の妙で動員数が大幅に伸びたという例もよく聞く。また映画以外にも、『星の王子さま』(原題は『小さな王子さま』)や『ビートルズがやって来るヤァヤァヤァ!』(原題は『大変だった日の夜』)など、不朽の名作と言ってもよい邦題が過去に生まれてきた。これらの事情を鑑みると、邦題の意訳ぶりを指摘するのは無粋に思えてくる。

 ここには根本的な問題が立ちはだかっている。上記の作品の邦題と原題を見比べてもわかるように、単に直訳するだけでは映画の魅力が伝わらないのだ。外国語で魅力的に響く言葉を、日本語にそのまま翻訳すれば通用するというわけではまったくない。これは外国語を扱うあらゆる現場に通じる至言である。例えば企業のホームページを日本語に訳してほしいという依頼を受けることがあるが、画像と言葉でアプローチするホームページは、キャッチコピーのような文章が満載だ。そうすると、ただ言葉を訳すのではなく、内容を吟味し、咀嚼した上で日本語に合わせてアウトプットするという作業が毎回必要になってくる。キャッチコピーの文章が短ければ短いほど、この作業が重要になってくるのだが、その最たる例が映画のタイトルというわけだ。

 オズペテク監督に話を戻そう。彼は2019年に新作映画”La dea fortuna”を発表しており、今年のイタリア映画祭で公開される予定だ。15年連れ添った同性愛のカップルが、お互いの浮気に嫌気がさして別れる寸前まで関係が悪化するが、共通の友人女性から託された子ども二人と触れ合うなかで仲直りの糸口をつかみ、彼らに教えられて最愛の人を心にとどめるLa dea fortuna「幸運の女神」のおまじないをする。果たしてこの映画のタイトルにティラミスはつくのかどうか。作品の魅力を上手に伝える邦題に期待したい。

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この記事を書いた人
二宮 大輔

二宮 大輔

観光ガイド、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。