2021年 03月 13日

第5回「フランス食べ歩き紀行」

「屋台でクレープをたべよう!」

 

大学がパリの中心部からやや離れた場所にあったので、昼ご飯の選択肢は限られていた。

一、サンドイッチを持参

二、となりの駅のチェーン店

三、かなり混雑する学食

四、移動販売のクレープ

 一から三は時間やお金がかかってなにかと面倒だったので、平日の登校日にはクレープですませることが多かった。ドリンクのついたセットで約四ユーロ(約六百円)だけれど、しっかりお腹いっぱいになる。食事にクレープ、というと「スイーツはちょっと……」と思う人もいるかもしれないが、日本のもののように生地自体が甘いわけではなく、中身もおかずなのでまったく違和感はない。

入っているのはたまご、ハムかチキン、そして山のようなチーズ。出来たてはあっつあつの生地からチーズがとろーりと溶け出してとってもおいしい。ソースも選べるけれど、だいたいどこのお店でもマヨネーズ、チリ、バーベキュー、そしてサムライというラインナップとなっている。サムライ? そう、ピリ辛ソースのことをフランス語では(切腹っぽいからか)サムライソースという。ちなみに僕はマヨ・サムライをいつも選んでいたが、たいてい日本人である僕の顔を見て「サムライ? はは、そうだろうね(Samuraï? Ah oui, je sais.)」なんて言われたものだ。そういわれると一瞬、武士っぽい表情になる。

 その屋台にはポイントカード(carte de fidélité)もあって、スタンプを十個貯めればセットがもらえた。最初のスタンプをもらったのは、かなり苦労して自分の滞在許可証や住居補助などを申請している最中だった。がらんとした部屋、言葉の通じない街、数時間待ちが当たり前の役所……フランスのどこにも自分の居場所がないように感じていたころだったから、こんな小さなカードにスタンプ一個もらっただけでとても嬉しかったのを覚えている。昼休みの移動販売のクレープ屋に「居場所」を見つけたように感じたのだ。

 とくに、こうした移動販売の店員にはいわゆる移民系の方が多い。手に職という感じでてきぱきと仕事をこなしながら、少しなまったフランス語で注文をさばく彼らは、僕の目にとてもかっこく映った。自分も彼らのように自分の未来を切り開いていけるのだろうか、と不安に思ったりもしたけれど。

最後のスタンプを押すころには何とか授業にもついていけるようになり、少ないながら友人もできた。でも、多分かなり早く貯めた方だと思う。クレープを渡すときのそっけない店員の「ありがとう(Merci)」が、その日だけ「どうもありがとう(Merci beaucoup)」に変わった。

 ◇ ◇ ◇

ちょっと小腹がすいたとき、食事をとる時間がないとき。フランスで最もお世話になった料理のひとつがクレープ(crêpe)だ。あまりにもメジャーなので紹介されることも少ないが、クレープはれっきとしたフランスの名物のひとつ。日本ではそば粉のクレープ、いわゆるガレット(galette)の方が珍しがられるけれど。

 人気のトッピングはやはりハム・チーズ(jambon-fromage)。そこにお店によってはたまごが入ったり、玉ねぎや野菜が入ったりする。スイーツとして食べる場合は、フランス人の大好きなヌテラチョコレート(Nutella)を塗りたくったチョコクレープが間違いなくナンバーワンだろう。ツウはバターと砂糖で食べるとかなんとか。

 ちなみに去る二月二日は、フランスでは「ラ・シャンドルール(La Chandeleur)」と呼ばれ、クレープを食べる習慣がある。いわれは形が太陽に似ているからだとか、ローマ教皇がふるまったからだとかいろいろあるようす。ダイエット中の男女だって、この日に限ってはこぞってクレープをぱくついていたはずだ。僕もちょっと思い出して駅前のチーズ入りクレープを食べてみたけれど、残念ながらあんまりおいしくなかった。

この記事を書いた人
松葉 類

松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。