第10回「フランス食べ歩き紀行」

「パリのラーメンを食べよう!」

何を隠そう、僕が一番好きな食べ物はラーメンである。お昼ご飯に迷ったらラーメン、ストレス解消にラーメン、宴席のシメにラーメン。週に一回は店で食べないとなんとなくムズムズしてしまう。乾麺ではとうてい満足できない。そんなわけで、フランスにいてもラーメンを定期的に食べた。

しかし、値段は日本の倍、10ユーロ(約1300円)が相場だ。それに郊外の大学から通うとなると、往復一時間もかかってしまう。味だって当たり外れが大きい。いやいや、それくらいどうってことはない。いわばラーメンはメンタルヘルスのための処方薬なのだ。何度となく自分に言い聞かせる。

どさん子、ヒグマ、EBIS、KODAWARI、などたくさん通ったけれど、今回はそのうち3店をご紹介させていただきたい。

最初に通ったのが「博多ちょうてん」。博多らしい細麺に、ちゃんと豚骨からとった白湯スープがたまらなくおいしかった。ラー油や付け合わせの紅ショウガも常備してある。それになんと言っても、日本でも有名だったというギョウザ。パリパリの皮にジューシーな肉汁がつまったオーソドックスなギョウザである。ちょうどラーメンの休憩に食べやすいサイズで、ランチセットにできるのがうれしかった。(惜しむらくは、途中で麺が変わってしまったことだが、それでもまずまずのおいしさだった)

次は「ナリタケラーメン」。いわゆる二郎系ではないものの、ボリューミーな背脂こってり系ラーメンで麺の量も多い。半ライスも1.5ユーロ(約200円)ほどでお手頃。日本でイメージするスタミナ系ラーメンからすると、コクもにおいもマイルドだし、スープにほんのりと洋風の香り(バターのような香ばしさ)がする。でも、こうした要素は決してマイナスではない。これはこれでアリだ。

そして、最後にお世話になったのは「一風堂」。日本でも超がつくほど有名店だから、フランス進出は綿密なマーケティングに裏打ちされているのだろう。アクセスのいいレアール(Les Halles)駅近くの立地、行き届いたサービス、パリならではの建造物を利用したインテリアがまず印象的だ。

メニューはこんな感じ(写真)。パリではオリジナルの「茸香るベジ麺」が人気らしいのだけれど、僕はオーソドックスなSHIROMARU(白丸)を注文する。スープの中でニボシが主張強めであることと、塩味が少ししっかりめであることを除けば、見た目も味もほとんど日本のものと同じだ。とんこつのマイルドなうまみ、甘みはそのままで、チャーシューは少しだけ洋風かな。ネギも割と新鮮だし、キクラゲも素晴らしい。麺はもうすこしもちもちしててもいいけれど、あーこれこれという歯ごたえと塩味。

この三店のラーメンは、文字通り僕の体の血となり肉となっている。「人は自分の食べたもので決まる」と述べたのは哲学者フォイエルバッハだが、そうだとしたら僕はラーメン人間である。あの頃、午後の授業がもし豚骨臭かったとしたらごめんなさい。ホームシックを患った日本人留学生のせいでした。

~~~~~

「一風堂」に行って驚いたことがある。注文のとき、「どう調理しましょう(Quelle cuisson?)」と聞かれたのだ。じつはこれ、ステーキとかハンバーグとかを焼くときによくされる質問である。普通は「ウェルダンで(Bien cuit)」とか答える定型文だ。ラーメンで焼き加減を聞かれるはずないしなぁ、と思って困ってしまった。

フランス人店員の指が促す先を見てみると、メニュー表の中段に「麺の調理方法」というコーナーが。なんと、麺の硬さに「Barikata」「Katame」「Futsu」「Yawa」の四種類が用意されていたのだ。もちろん平静を装ってバリカタを注文させていただいたが、心の中は拍手喝采である。

オーララ! ア・ラ・ハカタ! トレ・ビヤン! メルシー・ボークー!

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

関連記事

第5回 「EL CHANKO〜DJ Aicongaの音楽雑記」
Johnny Pacheco逝去〜Faniaを振り返る① これを書いている数日前、フルート奏者、作曲家、音楽プロデューサーであるJohnny Pachecoが85歳で亡くなりました。  晩年は活動していなかったとはいえ、サルサの創始者とも言える彼の死はラテン音楽界にとって大きな悲報であり、多くのアーティストが哀悼の意を表しました。 ht……
第8回「イタリア映画よもやま話」
 ルカ・グァダニーノと「他者の目」 ラジオ番組である映画評論家が「現在グァダニーノは、国際的に評価できるほぼ唯一のイタリア人監督」という趣旨のことを述べていた。裏を返せば「現代イタリア映画は不作だ」という氏の指摘に、憤慨というより、改めて痛感させられた。イタリア映画はここまで認知度が低いのか。近年アカデミー賞や三大国際映画祭で賞を獲っている監督もいる……
第12回(最終回) 「EL CHANKO〜DJ Aicongaの音楽雑記」
秋の夜長にラテンムービー 1年間、好き放題に選曲させていただいたこの連載ですが、今回が最終回となります。  締めくくりとして、ずっと暖めていたテーマ「ラテン音楽映画」をお届けしたいと思います。ラテン音楽をよりリアルに感じていただける4本の映画を選びましたので、秋の夜長にぜひご覧ください。  まずは、ラテンドキュメンタリーの最高峰と言われて……
第8回「フランス食べ歩き紀行」
 「インスタントヌードルを食べよう!」 フランスにいたころ、僕は大学に通いながら雑貨屋でアルバイトをしていた。昼休憩はお客が途切れた14時くらいから30分。マメな人は家で作ってきたサンドイッチなんかを持って来ていたけれど、怠惰な僕は近くのスーパーで買い食いをしていた。選択肢は日本よりもだいぶ少ない。弁当なんてないし、かといってサラダで満足でき……