第5回「イタリア映画よもやま話」

パオロ・ジェノヴェーゼ

知人のSNSでパオロ・ジェノヴェーゼが新作映画を撮影しはじめたことを知った。なんと、あのジェノヴェーゼが、である。

知人というのは、ローマ在住の観光ガイドをしている女性で、歴史や美術に詳しいのだが、彼女の興味はそれだけでは尽きず、映画や小説も網羅している。おそらくは趣味が高じたのもあって、映画のエキストラの仕事を度々しており、撮影現場の写真や俳優とのツーショットを折に触れSNSに投稿している。日本にいる私はそれを驚きと羨望のまなざしでチェックしているのだが、二、三週間前から、どうやら彼女はジェノヴェーゼの新作にエキストラで参加しているらしい。

パオロ・ジェノヴェーゼは、1966年ローマ生まれの映画監督。大学を卒業すると、後に『帰ってきたムッソリーニ』などのヒット映画を手掛けるルカ・ミニエーロとタッグを組み、映画制作を始める。独り立ちした2010年以降、ジェノヴェーゼもコメディー映画をヒットさせ、その才能を見せつけた。そして2015年、このコラムの第一回でも取り上げた『おとなの事情』で、陽気な娯楽映画の作り手というイメージを一変させる。国内映画賞ではコメディーとして評価されたが、重要なのは脚本のほうだ。「浮気などが原因で大げんかする男女7人の密室会話劇」と説明すると、いかにも凡庸な物語に聞こえるが、緻密な脚本のもと一級品のコメディーに仕上がっている。現在制作中のものも含めると、日本をはじめ、21もの国でリメイクされているのは、原作の脚本が優れている証拠だろう。

この脚本の緻密さを昇華させたのが、2017年の『ザ・プレイス 運命の交差点』だ。なんの変哲もないバール『ザ・プレイス』の奥の席に居座る謎の男が、次から次へと訪れる相談者たちに、わけのわからない指示を出し、彼らの願いを叶えていく。のべ9人にものぼる作中の相談者たちは戸惑いながらも、一見意味不明な男の指示に従い、やがてパズルのピースがはまり一枚の絵が出来上がるように、それぞれの願いが成就されていく。個性豊かな9人の人生が、狭いバールの会話のみで展開する脚本の精巧さは、前作を越える評価を受けた。このように、ジェノヴェーゼは、いま最も脂ののっている映画監督なのだ。

だが、私が冒頭で「あのジェノヴェーゼ」と、わざわざ強調したのには、ほかに理由がある。2019年12月、ジェノヴェーゼの息子の運転する車が、16歳の少女二人を死なせるという恐ろしい事故が起こったのだ。時間は深夜1時過ぎ、若者たちが集まる繁華街ポンテ・ミルヴィオから家に帰る途中の少女たちが道路を横断しているところに、ルノーのSUVが突っ込んだ。事故を起こしたピエトロの父パオロ・ジェノヴェーゼは「(亡くなった)カミッラとガイア、そしてその両親の痛みは耐えきれないものです。私たち家族は打ちのめされました」とANSA通信に話した。

その後、事故の前にブレーキを踏んでいたとの証言もあり、裁判が続いていたが、当時20歳だったピエトロからアルコールの陽性反応が出ていたこと、法定速度50キロのところを90キロで走行していたこと、運転中に携帯電話を使っていたことが決め手となり、2020年12月に懲役8年の刑が下された。

この判決から一か月ほど後、ジェノヴェーゼは新作映画をクランク・インした。タイトルは『わが人生の第一日目』(Il primo giorno della mia vita)。人生に行き詰った4人の男女が、謎の男から7日間、自分たちがいなくなった世界で何が起こるか俯瞰で見させられ、人生の意味を再発見するという内容。意味深長なタイトル、あらすじともに、息子が起こした事故を連想せずにはいられないものだが、本作は2018年に自らが発表した小説の映画化であり、息子の事故以前から構想はすでにあった。それでも、人生の再出発を象徴するようなこの映画に、今の自分が置かれている状況を重ねずにはいられないはずだ。映画制作に必ず影響してくるだろう。

 まだまだ本作に関する情報やコメントは少ないだが、最新のインタビューでジェノヴェーゼが、コロナ禍における映画についてこんな発言をしている。

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最近(俳優の)トニ・セルヴィッロが言っていて、感銘を受けたのだけれど、映画館のスクリーンに大きく映し出された主人公たちを観るのは、小さな子どもが親を見上げる関係に似ている。だから映画への愛は、親や家族に感じるそれととても似ている。その感覚が(たとえコロナ禍の影響で撮影が困難でも)、私たちを映画制作へと駆り立てるのです。

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息子の事故に関してはデリケートな話題なので語ることはもちろんなかったが、映画にかける意欲はしっかりと伝わってくるインタビューだった。しかも本作でスクリーンに大きく映し出される予定の主人公たちがこれまた豪華で、トニ・セルヴィッロ、ヴァレリオ・マスタンドレア、マルゲリータ・ブイという国内のスターたちがそろっている。ジェノヴェーゼは息子の起こした事故を経て、最高のキャストとどのような映画をつくるのか、知人のSNSを見ながら楽しみに待ちたい。

2008年、俳優、映画制作者たちと。
左から二番目がパオロ・ジェノヴェーゼ

この記事を書いた人
二宮 大輔

観光ガイド、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。

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