第7回「イタリア映画よもやま話」

イタリア映画が始まります

ゴールデンウィークに毎年イタリア映画祭が開催されている。イタリア映画好きにとっては、一年のうちの最重要イベントで、十本以上の新作映画がいっきに鑑賞できるのに加え、俳優や監督もゲストとして来日し、大いに盛り上がる。二年前までは。昨年のゴールデンウィークは、緊急事態宣言に伴い三月中旬の時点で映画祭の開催延期もしくは中止が発表された。そのまま中止になるかと思いきや、十一月になって、新作三本をイタリア文化会館のホールで上映し、多数の過去作品を期間限定で配信する「ほぼ」オンライン映画祭を開催した。今年はというと、規模を縮小して例年どおりゴールデンウィークに東京で、さらに5月13日からオンライン、6月上旬に大阪で開催すると公表していたのだが、新型コロナウイルスの感染者数増加を受けて、東京での開催はいったん中止。チケットの払い戻しや、上映作品の調整に追われているのか、もうすぐ始まるはずのオンライン映画祭のプログラムもまだ発表されていない状態だ。

 何を事細かに語っているかというと、私自身がイタリア映画祭のカタログの執筆と上映作品の字幕で、わずかながら関わっており、昨年、今年と、映画祭の動向に一喜一憂していたのだ。特に、昨年のオンライン開催から短いスパンで行われる今年の映画祭は、昨年上映される予定だっただろう作品群に、改めて新作を加えた、コロナの2年を包括するラインナップになっており、個人的にも胸が熱くなっていた。せっかくなので、公式ホームページに掲載されている上映作品のなかから、一作おすすめ映画を紹介したい。ジュゼッペ・ボニート監督の『こどもたち(Figli)』だ。

 ベーカリーの店員ニコラと食品衛生の検査官サラには六歳の娘アンナおり、平均的だが家庭円満な生活を送っている。サラが妊娠し、年の離れた第二子が生まれることがわかり、二人は家族が増える喜びと、経済的、精神的にやっていけるのかという不安を感じる。実際、第二子ピエトロが生まれると、絶妙なバランスで成り立っていたこれまでの夫婦生活がいっきに崩れ、ニコラとサラは度々いさかいを起こす。もう若くはない、人生経験もある二人はなんとか関係を修復し、幸せな家庭を再構築しようとするが……。

 旦那役はベテラン俳優ヴァレリオ・マスタンドレア、奥さん役はモノマネタレントとしても人気のパオラ・コルテッレージ。過去に交際しており、現在は各々結婚し子供もいる二人が夫婦として共演しているというのが、本作の一つ目の注目ポイントだ。だが、ただの家族ドラマには収まらず、サラが非協力的な両親と対峙する場面や、様々なタイプの夫婦が悩みを抱えている場面などが、日本よりも顕著に少子高齢化が進むイタリア社会を浮き彫りにしており、味わい深さのあるコメディーに仕上がっている。

マッティア・トッレ

 本作の監督はそもそもマッティア・トッレなる人物が監督を務める予定だった。日本ではほぼ知られていないマッティア・トッレは、2007年から2010年にかけて3シーズン放送された人気TVドラマ『ボリス(Boris)』の共同脚本家だった人だ。架空の医療系メロドラマ『心の瞳(Occhi del cuore)』撮影の裏側を、研修生として撮影スタジオにやってきた青年の視点で描いたコメディーだ。イタリアのドラマ制作がいかにめちゃくちゃで適当かがコミカルに描かれており、玄人好みのドラマとして大ヒットした。

 そのトッレが脚本を書き、メガホンをとるはずだった『こどもたち』なのだが、長年患っていた病気が悪化し、『ボリス』の助監督だったジュゼッペ・ボニートに監督を託すこととなった。そして、自身はクランクインを待たずして亡くなってしまう。

遺志を継いだボニートは、この映画をつくるにあたって、トッレがやりたかったかったことをかなり意識したのだと思われる。本作には意表を突くギミックが満載で、例えば赤ちゃんが泣く場面では、泣き声の代わりにベートーベンのピアノソナタ第8番を流したり、ニコラがいきなりスーパーマンで登場したりする。これはいかにもトッレらしいやり口だ。この亡くなった脚本家から若手の監督へつなぐ映画のバトンパスが、二つ目の大きな注目ポイントだ。

 この作品はDVDを購入していち早く鑑賞したのだが、私の期待が大きすぎて、想像を超えるような名作ではなかった。それでも先述した注目ポイントは大いに楽しめた。そして何より、コロナ禍の困難を乗り越えて開催されようとしている映画祭で、トッレの遺志を継いだこの作品が上映されるという二重の感動がある。

さて、繰り返しになるが、現在予定されているイタリア映画祭の日程は5月13日から6月13日がオンライン、6月5日と6日は大阪のABCホールでスクリーン上映だ。上映作品はまだ発表されていないので、おすすめしておきながら『こどもたち』が鑑賞できるかどうかはわからない。このブログが掲載される頃には、何かしら映画祭の詳細がわかっているはずだ。そしてもう一つ、5月11日にイタリア国内のアカデミー賞ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の発表がある。これからイタリア映画が盛り上がる材料はたくさんあるので、ぜひ期待していただきたい。

イタリア映画祭2021ホームページ

http://www.asahi.com/italia/2021/

『こどもたち』予告編(イタリア語版)

この記事を書いた人
二宮 大輔

観光ガイド、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。

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