第10回「イタリア映画よもやま話」

フィルムがない!

フェデリコという友人がいる。職業は映画製作を企画してお金を工面する映画プロデューサーだが、決して仕事が上手く行っているわけではない。「ローマに住んでいて、最初は映画監督と知り合って感動していたが、そのうち皆そう名乗っていることに気づいた」とは、ローマ在住歴の長い日本人の言。それほどまでに、映画の町ローマには、映画を撮ろうとする監督志望者が多いし、インディペンデント映画に関わる者ならそこら中にいる。言ってしまえばフェデリコもそんな「映画に関わる者」の一人だ。私が知り合ったのはかれこれ十数年前のこと。世界の米軍基地をテーマにした”Standing Army”というドキュメンタリー映画のために、フェデリコと制作スタッフが沖縄での撮影を敢行した。ローマに帰ってきてから編集作業をするために、日本語が分かるアシスタントが必要ということで、友人を介して私に依頼を受けた。こうして膨大な沖縄のカットにイタリア語字幕を付けていくという地味な作業を、フェデリコ宅に3か月ほどこもって行った。その時の縁がきっかけで、彼とは今もよい友人であり、仕事仲間でもある。ちなみにこの作品は『誰も知らない基地のこと』というタイトルで、2012年に日本で一般公開もされている。

現在UPLINK CLOUDで、エウジェニオ・カプッチョ監督の長編第一作『フィルムがない!』が配信中だ。日本での上映と字幕の制作に関わったのは8年ほど前なのだが、初めてこの作品を鑑賞したとき、フェデリコを思い出さずにはいられなかった。時は90年代、ローマに住む三人の若手映画製作者が、あの手この手を尽くして低予算でなんとか一本の長編映画を撮り終えようとする。作中でも監督を務めるエウジェニオ・カプッチョを始め、役どころはすべて実名であり、つまり彼らの日々の奮闘が、ほぼそのまま描かれている。その三人の主人公のうちの一人マッシモの姿が、友人フェデリコと重なった。”Standing Army”の制作スタッフがフェデリコを含む三人組だったことも大きな理由の一つだ。

『フィルムがない!』の中のマッシモは妻子持ちのお人好し。何もない日常を切り取った自分好みの映画づくりを夢見るが、押しが弱くて、仲間のカプッチョにはいいように使われるばかり。現実世界のフェデリコは独り身のお人好し。分野的にヒットが難しいとされるドキュメンタリーに入れあげるが、”Standing Army”制作においても、損な役回りを押し付けられてばかり。そして何より、『フィルムがない!』でマッシモたちが映画を一本つくるために苦労し、苦悩する姿が、フェデリコを間近で見ていた分、よりリアルにオーバーラップしたのだった。

 だが『フィルムがない!』は、映画づくりが苦しみばかりではなく、希望もあると教えてくれている。この作品で脚本家デビューしたマッシモこと、マッシモ・ガウディオーゾは、2000年代に入ると同郷ナポリの映画監督マッテオ・ガローネに見初められ、2008年には、小説原作の『ゴモラ』の脚本をガローネと共同で執筆する。これがカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞し、マッシモは国内一二を争う脚本家の地位に上り詰める。その後も国内の人気コメディーなどで脚本を担当し、2019年、日本でも全国公開された『ドッグマン』の脚本で、国内最高の映画賞ダヴィッド・ディ・ドナテッロでオリジナル脚本賞を獲得する。つまりマッシモは、その後の現実世界で大成功して、『フィルムがない!』の続編を体現しているのだ。

 話は横道に逸れるが、『フィルムがない!』から成功した人物をもう一人紹介したい。映画プロデューサーのドメニコ・プロカッチだ。作中では、主人公たちが映画界のコネをつかみ取るために参加した草サッカーの対戦チームのゴールキーパーとして登場していた。当時は駆け出しのプロデューサーだった彼もまた、マッシモ同様、2000年代に入ると押すに押されぬ人気プロデューサーとなり、2019年には美人女優と結婚している。

 さて、いっぽう我が友人フェデリコはというと、”Standing Army”制作チームとはケンカ別れしたものの、しぶとくプロデューサー業を続けて、2020年2月のベルリン国際映画祭に自らがプロデュースしたルカ・フェッリ監督”Casa dell’amore”(愛の家)で、最優秀ドキュメンタリー賞にノミネートを果たした。この作品は、中年のトランスセクシャルの日常を追うという内容が話題を呼び、現在は世界各国の映画祭で上映できるように交渉が続けられている。やったぞ、フェデリコ。少し遅れはしたものの、マッシモたちのように羽ばたいておくれ。やはり映画の町ローマには夢があふれているのかもしれない。

『フィルムがない!』予告編

『フィルムがない!』の鑑賞はこちらから

“Casa dell’amore”予告編

そして、このコラム「イタリア映画よもやま話」の執筆者、二宮大輔さんがメイン講師を務める「オンライン字幕翻訳講座 2021年3期」が9月開講です。開講の前に・・・・8月20日(金)20:00よりZOOMを利用して、無料体験レッスンを開催致します!
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「2021年第3期 オンライン字幕翻訳講座 ~京都ドーナッツクラブ後援~

二宮 大輔

■日時 
9月10日~11月12日(全10回、毎週金曜日20:00~21:30)ZOOMを利用しておこないます。
■講師
メイン講師:二宮大輔(翻訳家・通訳案内士)+ゲスト講師(シークレット)
二宮大輔
通訳案内士、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。
訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。
協会コラム:イタリア映画よもやま話
■人数
10名(最少催行人数6名)
■参加費
会員 33,000円(税込)
一般 55,000円(税込)
■お申込
リンク:https://www.japantourist.guide/course/2848 のフォームに「9月からの講座参加希望」を明記の上、送信下さい。

京都ドーナッツクラブについて

イタリア文化の日本での受容が徐々にか細いものになっているのではないか。そんな問題意識を持った大阪外国語大学(現大阪大学)の学生たちが、ノーベル賞劇作家ダリオ・フォーの喜劇を訳して上演することを目的に2005年に結成。ラジオDJの野村雅夫を中心に、演劇、映画、料理、金融、観光、音楽、主婦など、10名ほどのメンバーそれぞれに本職を持ちながらも、日本で大手が扱わないイタリアの文化的お宝を継続的に紹介。2013年には京都木屋町に事務所を兼ねる多目的スペース「チルコロ京都」を開設。結成10周年を機に法人化し 、活動をさらに本格化させている。特に映画においては、買い付け、字幕制作、上映、批評すべてに関わることができるグループとして、独自の地位を築いている。現在は、ジャンルを横断して、イタリア文化をより総合的に紹介する仕掛けを画策している。


この記事を書いた人
二宮 大輔

観光ガイド、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。

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