第2回「フランス食べ歩き紀行」

            

        「クリスマスマーケットでホットワイン!」

 フランスの冬のお楽しみ、といえばやはりクリスマス。冬は昼が短く雨も多い、陰鬱な日々が続く。そんな時期だからこそ、ひとびとはクリスマスのお祝いをとりわけ大切にする。子どもたちは11月ごろからソワソワしているし、大人たちはしっかり家族へのプレゼントを用意する。フランスでは日本とは逆で、クリスマスは家族と過ごして年越しは恋人や友人と、というパターンが多いようだ。新年も1月末くらいまでは街角にツリーを見かける。

 12月、下宿と大学の往復で過ぎていく日々のなかで、貧乏学生である僕も心なしかわくわくしていた。一年目の留学生にとって、クリスマスはひとつの「山場」だと思う。9月に始まった授業に慣れてきつつも、これまである程度学んできた言葉が通じないという壁にぶち当たり、厳しい寒さに凍えて外出も控えめになり、日本で楽しそうにしている家族や友人の様子をインターネットで眺めるみじめな日々。勉強以外の時間のさみしさを紛らわせるために手を伸ばすのは、手っ取り早いスナック菓子や紙パックの安ワイン。ものの半時間でダメな酔っ払いの出来上がりである。やはりここは、外へ飲みに出よう!

 というわけでクリスマスの街角に飛び出す。大きな通りにはマーケットが軒を連ね、おいしそうなものがたくさん並んでいる。これは片っ端から行ってみなくては。まずはドイツ風の屋台で「焼きソーセージ(Bratwurst)」や「ドイツ風ピザ(Flammkuchen)」が定番。ドイツのクリスマスケーキである「シュトレン(Stollen)」も売っていたりする。こういうものはほっぺたの赤いドイツなまりのおじさんやおばさんが、にっこり笑顔で売ってくれる。ほかにもジャムやチーズ、クレープなんかの屋台が所せましと並んでいる。クリスマスオーナメントやリース、プレゼント用のちょっとした雑貨も多くて、見ているだけでもぜんぜん飽きない。

お腹もいっぱいになってきたところで、やはりいただきたいのが「ホットワイン(vin chaud)」! ホットだからなおのことツンと鼻にぬけるアルコール。甘いショウガとシナモンの香り。夜風に冷えた身体をしんから温めてくれる温度。日本でもちょっとした屋台で売ってくれないかな。世界で一ばん幸せな飲み物のひとつだと思う。軽く酔っぱらうころには夜も更け、そろそろもう家に帰る時間だ。明日の朝にも出なきゃいけない授業がある。提出期限のせまる課題も山ほど残っている。でもメトロに揺られる身体は、さっきより少しだけ暖かい。

◇ ◇ ◇

 パリのクリスマスマーケット(Marché de Noël)はかつて毎年シャンゼリゼ通りで大々的に行われていた。しかし、「美観に反するため」という理由で2017年から中止されている。中止反対運動もあったそうだが、知り合いのパリジャンによればマーケットは観光客や子ども向けのものであって、「そこまで大切なものではない」らしい。もちろん中止の背景にはテロ攻撃への警戒もあったのだろう。実際に翌年の2018年には、有名なストラスブールのクリスマスマーケットでテロ事件が起きている。しかし今でも年末が近づくと、街なかでは小規模なマーケットがぽつぽつと行われている。かわらずヨーロッパの(とくにキリスト教国の)風物詩といっていい。

大都市のものになると、食べ物や雑貨だけでなく、なんとスケートリンクやジェットコースターが出店していたりもする。日本の感覚ではそういうものが道沿いに突如現れるなんて考えられないが、さすがはフランス人、そういうお祭りごととなるととたんに張り切ってしまうのだろう。もちろん2月になるとそういう屋台は忽然と姿を消すのだが、いったいその大がかりな設備はどこにしまわれているのか。次のクリスマスまでに、彼らは何をしてお金を稼いでいるのだろうか。そもそも収益は出ているのだろうか。謎だらけである。
今回紹介したホットワインは本当にみんなに好まれていて、普段はクレープを売っているような屋台でも期間限定で置いていたりする。たぶん煮詰める時間によって味も多少変わるんだろうと思う。でもそこは適当、飲む人の運しだいである。

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

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