第3回「フランス食べ歩き紀行」

          『ひとり一品のホームパーティー!』

単身留学中に招待されるホームパーティは、とてつもなく難しい。「一人一品」を持ち寄るタイプのものだとなおのこと、ハードルはぐんと上がる。なぜって、そもそも彼らの「ホーム」を全然知らないので、どういうものが好まれてどういうものが嫌われるのかが皆目見当もつかないからだ。もしも、あーあ、なものを持って行ってしまえば最悪の場合、日本人ってみんなこういう感じなのかあ、などと間違った偏見を持たれかねない。普通の外の飲み会に比べて背負うものが大きすぎる。出会って間もないフランス人の同級生に誘われたはいいものの、何を自分の一品にするかで僕はほとほと困り果ててしまっていた。

料理なんてレトルトか、その日冷蔵庫に残っているものをコンソメで煮込むくらいしかしてこなかったタイプの人間だ、日本食を期待されていたとしても、作って持って行くなんてことは絶対に避けたい。もしも手の込んだ煮物なんか作って、誰も食べてくれなかったら目も当てられない。混ぜるだけ、みたいな簡単な料理もこちらの食材のバリエーションでは思いつかない。人数分の箸も用意しなければならないとしたら面倒だ。

とりあえず最寄りのモノプリ(Monoprix、フランスでもっともポピュラーなスーパー)に駆け込んで、ぐるぐる歩き回ってみる。パーティだからもちろんワインは出るだろう、だとすればおつまみは必須だが、みんながみんなそういうものを持って行ってもお腹がすいてしまう。さりとて、たとえばバゲットなんかを買って行って、飲み会に白米持ち込みみたいなものだったらどうしよう。自然と足は、「ちょっとだけ小腹のふくれるおつまみ」コーナーへと向かう。仕方ない、サラミ、チーズ、オリーブ、このあたりで手を打とう。かぶったときのためにスナックも用意する。

 さあ当日、いざ集合した食卓にならんだのは、なんとワインとスナック菓子ばかり。料理はおろか、乾きもの以外のつまみはほぼ皆無、バゲットを買って来たやつさえいる。それも当然と言えば当然で、だいたいのフランス人はこういう気軽なパーティでそこまで食べるものにこだわらない。ワインさえあればあとはおしゃべりがメイン、食べ物は二の次なのだ。メインディッシュ的なものは、たいてい招待した人が用意してくれる。僕が持って行ったおつまみのスタメンたちは、学生にしてはちょっとおおげさだったみたいで、心なしか肩身をせまそうにしていた。

◇ ◇ ◇

 「フェット(fête)」とか(少しちゃんとした場合には)「ソワレ(soirée)」と呼ばれるこうしたパーティに何を持って行くかという問題は、その後もずっと付きまとうことになった。けれど多くの場合は杞憂で、スナックやちょっとしたデザートくらいで事足りた。

ちなみに個人的な経験上、まあまあ喜ばれた「日本食」を何かの参考に紹介しておこう。まずは枝豆(ゆでて持って行くだけなのでそれほど手間はかからないし、手もそれほど汚れないので面白がって食べてもらえる)、あられやおせんべい(じつはあまり知られていないので、日本でもっともポピュラーなスナックとして紹介できる)、あとは抹茶味のお菓子や緑茶のパック(日本食には抹茶や緑茶のイメージがあるらしく、興味深そうに食べてもらえた)。こうしたものは中国・韓国系のスーパーにも置いてあるので調達が簡単なうえ、そんなに手間がかからないので嬉しい。

なお、場合によってはNGな食材としては、海苔やわかめ(海藻を食べること自体に抵抗のある人もいる)、納豆やたくあんなどのお漬物(どうやって作ったか想像できない発酵食品は手を伸ばしづらい)、まんじゅうなどの和菓子(フランス人の舌には甘すぎると言われたことがある)などなど。

もし何かの機会に、フランス人を日本のホームパーティに連れていく場合にも、こうした気を遣わせないようにしたい。あらかじめ持って来てほしいものがあれば、お願いしておくといいかもしれない。ひょっとすると、僕みたいな気の小さいフランス人がいないとも限らないから。

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

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