第9回「フランス食べ歩き紀行」

「飲み会のシメにケバブを食べよう!」

六月になると、街にはバカンスの空気が漂い始め、どことなくソワソワしてしまう。フランスの夏は昼がとても長く、九時を回ったころにようやく空が暗くなってくる。おかげでこの時期、飲兵衛にとっての「ゴールデンタイム」は非常に長い。大学生や終業後のサラリーマンたちは、みなこぞって公園や飲み屋へ繰り出してどんちゃん騒ぎをしている。ワインをひと瓶とビニールカップを買って、セーヌ川沿いの芝生で一杯やる、なんてパリジャンにとっては日常茶飯事だ。

その日、レポートや試験勉強に飽きた留学生仲間たちと待ち合わせて飲みに出かけた。はじめはボーグルネル(Beaugrenelle)のあたりの小ぎれいなカフェバーで生ビールを飲んでいたのだが、すぐに干してしまって屋外へ出た。たまたま入ったスーパーで白ワインとビニールカップ、そしてミニサラミ(Petits Bâtons de Berger Trio)を購入。

余談だけれど、僕はこの小指くらいの大きさのサラミに目がない。「ナッツ(Noix)」「トウガラシ(Chorizo)」「ノーマル(Nature)」の三種類のパックがセットになっていて、四ユーロ(約六〇〇円)くらいだったと思う。たいした値段もしないのだが、一応ちゃんとした肉の味がするし、噛んだときにプチっと皮が裂けてアブラがじゅっと出てくる感じもたまらない。日本でも売ったらいいのに、と心の底から思う。当然カロリーは高いのだけど、コンビニなんかで売ってたら買い占めてしまうだろう。

手ごろな芝生を見つけて、さあ酒盛りの始まりだ。生活の愚痴やらホームシック、下宿先の大家さんのトンデモエピソードなんかで話に花が咲く。気が付くともう日も落ち、少し肌寒くなってしまった。さすがに九時以降にもう一軒、という感じでもないのですごすごと帰ることにする。さて困った、微妙にお腹がすいたのだ。

前置きが長くなったが、こういうとき下宿の近所、深夜までやっているケバブ屋に行くことになる。フランス人に飲み会のシメは? と聞くと多分「ケバブ!(sandwich kebab)」と返ってくるはずだ。知らない人はびっくりするかもしれないが、日本人にとってのシメのラーメンくらい一般的だと思う。値段も単品四~六ユーロと高くない。だいたいコーラやサイダーひと缶とセットで買うのが定番だ。トマトとオニオン入れるかい? とかソースは? とかのお決まりのやりとりをしたあと、ピタのようなパンにサンドされたケバブ・サンドがすぐさま手渡される。

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アラブ・トルコ系の移民の家系が経営していることが多いのだが、家族や友達と深夜までテレビのサッカーを見ながらわいわいやってるのをちょっとうらやましく思いながら帰宅する。まだぬくもりの残っているうちに食べたいから、自然と足早になっている。

ケバブ・サンドは他のヨーロッパの国々と同じく、フランスでも軽食の定番だ。肉に加えてサラダや付け合わせの山盛りフライドポテトも一緒くたに挟んであり、塩味もガツンときいてボリューム満点。カロリーは半端なく高いのだろうけれど、酔いが回ってぼんやりした体にちょうどよくなじんでしまう。

帰国後、日本でも同じようなケバブを探したけれど、なぜだかあまりうまいのには出会えていない。あるときお祭りの屋台でひとつ食べたが、肉の量も味もそっけなくて落胆したのを覚えている。注文数と回転率の問題なのかもしれない。カラッとした初夏の夜や、肌寒い秋の夜長なんかに家で飲んでいると、たまらなく恋しくなる。パジャマにサンダルをつっかけて、蛍光灯に集まる虫のように吸い寄せられたあのケバブ屋。

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

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