第3回 イタリア映画よもやま話

 2020年のイタリア映画界、本当の主役だったのは……

Luca Marinelli

振り返ると2020年はルカ・マリネッリという俳優が、イタリア人にしては飛びぬけて脚光を浴びたように思われる。だが本当のところはエリオ・ジェルマーノの年だった。端正な顔立ちのルカ・マリネッリはNetflixオリジナル映画『オールド・ガード』のニッキー役で注目を集め、続いて日本全国公開された『マーティン・エデン』では、イタリアのアラン・ドロンという触れ込みで認知度を一気に高めた。もちろん、イタリア映画という世界的にみると小さな市場での話なのだが、それでも久しぶりに現れたスターという印象を与えたのは間違いない。

Elio Germano

 そんなルカ・マリネッリを差し置いて、俳優エリオ・ジェルマーノの実力をあらためて思い知らされたのが2020年だった。すでに2010年カンヌ国際映画祭で男優賞を獲得し、イタリア映画界を代表する俳優だった彼だが、2020年はすごかった。まず2月のベルリン国際映画祭で、主演を務めた『私は隠れたかった』(Volevo nascoderti)で男優賞を獲得。さらに同映画祭で脚本賞を受賞した『みにくい寓話』(Favolacce)でも、重要な役どころで出演を果たしていた。

 驚くべきはその演技の振れ幅だ。『私は隠れたかった』の主人公アントニオ・リガブエは実在した画家で、貧しい生活のなか精神疾患を患い、苦難の人生を歩んだが、その個性的な絵画作品は後に高い評価を集めた。いっぽう『みにくい寓話』のブルーノは、ローマ郊外の住宅地に家族で住み、怒りに身をやつして幼い息子たちに当たり散らす恐ろしい父親だが、物語の後半は深刻な事実から思わず目をそらす本質的な弱さを露呈する。その場面のジェルマーノの演技がまた素晴らしい。

 この2本だけでも十分すぎるのに、もう1本、年末にジェルマーノ主演映画がNetflixで公開されたのだ。若手の注目株シドニー・シビリア監督『ローズ島共和国~小さな島の大波乱~』だ。シビリア及び、彼が立ち上げた映画制作会社の本格的なNetflix参入を印象付ける重要な作品なのだが、ここでもまたジェルマーノが主演を務めている。しかもこの作品の役どころは、打って変わって、奇天烈だけれど愛嬌のある発明家。イタリア映画の未来につながる三作品で、まったく異なるキャラクターを演じ分けてみせたジェルマーノこそが、2020年を代表する俳優だった。彼の魅力をよりわかってもらうために、ここでは日本の環境でも鑑賞しやすい『ローズ島共和国~小さな島の大波乱~』について、もう少し説明してみたい。

 ボローニャ大学工学部を卒業したけれど、何をやってもうまく行かないジョルジオ・ローザは、元恋人のガブリエッラを見返そうと、とんでもない計画を実行に移す。それは、イタリアの領海の外、アドリア海岸の町リミニから10キロ離れた海のど真ん中に、現代社会の法に縛られない理想郷をつくるというもの。友人の助けを借りて、鉄材とコンクリートで20メートル四方の「独立国家」を作り上げたジョルジオは、それを「ローズ島」と名付ける。時代はおりしも60年代。学生運動の機運が高まるイタリアでは、多くの若者が自由を模索していた。そんな時代の流れとマッチする形で、ローズ島は海水浴とカジノが楽しめる娯楽場として大人気になる。ところが肝心のガブリエッラは、彼の成功を認めてくれない。愛する彼女から、こんな島「ただのディスコかクラブよ」と冷たい言葉で突き放されたジョルジオは、さらに奮起。ローズ島を国として正式に承認してもらうために、国連に話を持ち掛けたのだ。ところがそれに大反対のイタリア政府は、ジョルジオの野望を阻止するための工作を展開する。脅しにかかるイタリアの内務大臣に対して、ジョルジオは言う。「あんたの言う自由は条件付きの自由だ。完全な自由は恐れている」

恋人を愛し、途方もないやり方で自らの意思を貫こうとするジョルジオ役に、ジェルマーノ初期作品の瑞々しさを感じた。もしかしたらそれは彼にとって最も素に近い役柄なのかもしれない。カンヌの男優賞からベルリンの男優賞までの10年で培った演技の幅を包括し、ここにきて原点回帰と言えるジョルジオを演じた。

ちなみに、フィクションに見えるかもしれないが、あらすじのほとんどは実話をもとにしており、ローズ島はエスペラント語を公用語にし、独自の貨幣や切手も用意していた。その顛末がどうなったのかは、ぜひ映画で確認してほしい。現実のジョルジオ・ローザは1925年ボローニャに生まれ、2017年に大往生を遂げているのだが、Youtubeに投稿されているドキュメンタリー番組で、恰幅のいい好々爺となった彼のインタビューが視聴できる。熱っぽくローズ島について語る彼の姿は、映画のなかのエリオ・ジェルマーノそのものだった。かくして改めてジェルマーノの俳優としての技量に舌を巻いたのである。

この記事を書いた人
二宮 大輔

観光ガイド、翻訳家 2012年ローマ第三大学文学部を卒業。観光ガイドの傍ら、翻訳、映画評論などに従事。訳書にガブリエッラ・ポーリ+ジョルジョ・カルカーニョ『プリモ・レーヴィ 失われた声の残響』(水声社)。

関連記事

海外からの個人旅行解禁か!?
政府は8月24日(木曜日)新型コロナウィルスの水際対策のさらなる緩和に動いた。9月7日から日本への入国・帰国時に求める海外での出国72時間以内に受けた検査による陰性証明書の提出を条件付きで免除する(ワクチンの3回接種が条件のうちの一つ)。 今回の水際対策規制緩和は、旅行者の負担を軽くすると同時に感染対策と経済活動の両立を目指すと今朝に日経新聞朝刊に載……
第1回 イタリア映画よもやま話
ティラミスをめぐる映画タイトルの攻防 「次はティラミスの映画をつくるよ」  フェルザン・オズペテク監督が、東京で開催されたイタリア映画祭の舞台あいさつで、そんな冗談を放ったのは、『カプチーノはお熱いうちに』が全国公開される直前の2015年春だった。『カプチーノ~』は、イタリアに帰化したトルコ人監督オズペテクの代表作で、自分のカフェを開けるという……
第5回「フランス食べ歩き紀行」
「屋台でクレープをたべよう!」  大学がパリの中心部からやや離れた場所にあったので、昼ご飯の選択肢は限られていた。 一、サンドイッチを持参 二、となりの駅のチェーン店 三、かなり混雑する学食 四、移動販売のクレープ  一から三は時間やお金がかかってなにかと面倒だったので、平日の登校日にはクレープですませることが多かった。……
第7回「フランス食べ歩き紀行」
「クスクスを腹いっぱい食べよう!」 渡仏したとき、いちばんに現地の友達と夕飯を食べることになった。久しぶりの再会だから「すわ、コース料理か」と意気込んでいたが、待ち合わせ場所はアルジェリア料理屋だった。クスクスを食べよう、というのだ。口にしたことはあるが、専門店でがっつり食べるのははじめて。促されるがままにクスクスと羊肉の煮込みのセットを頼んでみる。……