第6回「フランス食べ歩き紀行」

「ジャズマヌーシュを聞きながらコーヒーを飲もう!」

ジャズマヌーシュの父、ジャンゴ・ラインハルト。彼が好んで演奏したカフェバーが、ラ・ショプ・デ・ピュス(La chope des puces)といって、パリの北のはずれ、蚤の市のそばにある。

十一月なかばの少し寒い午後、韓国人の友人と二人でつれだって行ってみることにした。近くの蚤の市を冷やかしながらぶらぶらと散歩しつつ、店先にところせましとならぶレコード、蓄音機、ジュークボックス、楽器、文房具、アンティーク家具なんかをひととおり眺めたら、例のカフェに入ってみる。

狭い店内のいたるところにはジャンゴゆかりのギターや、写真、サイン、新聞記事などが飾ってある。お客さんがひっきりなしに出入りしているので、おかみさんのシルヴィさんは忙しそうに飛び回っていた。コーヒー一杯が五ユーロと値段はそこそこするが、それでもつねに大入り満員。奥の大部屋にはオーナーのマルセル・キャンピオンさんにかんする記事や写真も飾ってある。彼自身もこの店で演奏しているし、ジプシージャズ教室も開いているらしい。

どの都市もそうだけれど、周縁地区には貧しい人々がたくさん住んでいる。カフェのカウンターに座っていると酔っぱらった、あまり身なりの良くないおじさんから、「日本人かい」と尋ねられる。負けず劣らず身なりのよくない僕は、「そうだよ」と答える。俺は昔、○○という男と仕事したことあるんだぜ、知ってるかい、日本はいいところだね、音楽はいいよ、日常を非日常へと変えてくれるから、パリの文化はうんぬんかんぬん――とじゃんじゃん話しかけられる。語学学校で習う「正しい」フランス語とは違って、省略が多くアクセントの強い話し言葉は、僕の語学力では理解できたりできなかったりする。それでもお構いなしに彼らは話しかけてくるし、僕もおかまいなしにコーヒーを飲んでいる。こういうとき、異文化共存というと大げさすぎる。何かもっとへらへらした語が欲しい、と思ってしまう。

その時期にしては珍しく雹がはげしく降ったあとだったので、店から出ると空気が冷たかった。ぱかぱかと音がして、振り返ると騎馬警察が道を行くのが見えた。グラフィティのあふれかえる街で、クラシックなリズムにのって彼らは悠然としていた。隣で友人が身体を震わせ、韓国語で「さむい」とつぶやいた。

 ◇ ◇ ◇

このコラムで書きたかったことのひとつが、いかに「フランス」が異質なもの同士のパッチワークでできているか、そしていかにそれが豊かな文化を形作っているかだった。今回紹介したジャズマヌーシュ(jazz manouche)もその文化のひとつ。フランスを代表する音楽のようなイメージもあるけれど、もともとは移民たちのものだったわけで、それが正確にはどこに由来しているのかはいまもわからない。北インドや中東、アフリカにも似たような旋律はあるが、それがジャズのリズムと組み合わさっていまのような形式になっている。

音楽院に通うようなジャズミュージシャン界隈とはまったく住む世界がちがうけれど、職人気質のジャズマヌーシュ奏者たちは毎週末こんなカフェに集ってコーヒーやアルコールを飲みながらセッションを繰り広げている。セッションがある程度落ち着いたとき、それまでカウンターに座って聞いていたおじいさんが、ちょっと一曲弾いていこうかなと言って持ってきていたバイオリンで飛び入り参加したのには驚いた。おなじみの曲なのかもしれないが、すらすらと流ちょうに音符が流れ出してくる。ミュージシャンたちは曲のなかで楽器を通して自由に会話しているように見えた。この国で自由になる楽器も言語も持っていない僕らは、彼らをとてもうらやましく感じていた。

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

関連記事

2023新年明けましておめでとうございます。
2020年初頭から始まったコロナ禍。未だウィルス感染症問題は残り、「コロナが終わった」という状況ではありませんが約3年近く続いた訪日外国人渡航者の入国規制は昨年の10月半ばに解除され多くの外国人観光客の姿を街中で見かける様になりました。本当に待ちに待った入国規制解除であり、いよいよ私たちの仕事が再開し始めたという感じです。この年末年始にはコロナ禍前の例年通……
第11回 「EL CHANKO〜DJ Aicongaの音楽雑記」
魔性の酩酊音楽「CUMBIA」 この連載も残すところ2回となりました。今回は満を辞して、私が長年プッシュし続けている音楽「クンビア」を紹介します!  クンビアとは、17世紀にコロンビアはカリブ海沿岸のバランキージャやカルタヘナ辺りで生まれたと言われている、アフロの要素が強いラテン音楽です。詳しくは、音楽ライターの大石始氏が分かりやすく解説してお……
第5回「イタリア映画よもやま話」
パオロ・ジェノヴェーゼ 知人のSNSでパオロ・ジェノヴェーゼが新作映画を撮影しはじめたことを知った。なんと、あのジェノヴェーゼが、である。 知人というのは、ローマ在住の観光ガイドをしている女性で、歴史や美術に詳しいのだが、彼女の興味はそれだけでは尽きず、映画や小説も網羅している。おそらくは趣味が高じたのもあって、映画のエキストラの仕事を度々して……
令和3年度東京都観光ボランティア募集締め切り迫る!
2022年はインバウンド復活の年。そろそろウォームアップを始めていきましょう!そんな中、令和3年度東京都観光ボランティア募集締め切りが11月26日までとなっております。あなたのスペイン語・イタリア語を活かしていきましょう! 詳細&お申込みは、東京都のリンク↓よりどうぞ。観光ボランティア募集について|観光|東京都産業労働局 (tokyo.lg.jp) ……